Blog ブログ
2026/07/06
統合失調症の「陰性症状」としての意欲低下・感情の平板化——横浜・関内の精神科医が解説
統合失調症というと、幻聴や妄想といった、目立つ症状(陽性症状)を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、統合失調症には、もうひとつの重要な側面があります。それが、意欲の低下や、感情の平板化といった「陰性症状(いんせいしょうじょう)」です。
陰性症状は、幻聴や妄想ほど目立たないぶん、周囲から誤解されやすい症状です。「やる気がないだけ」「怠けている」「無関心になった」——そんなふうに受け取られ、本人がつらい思いをすることも少なくありません。しかし、これらは決して性格や気持ちの問題ではなく、統合失調症という病気の一部であり、治療とケアの対象です。このページでは、横浜・関内のみなとメンタルクリニックの精神科医が、陰性症状としての意欲低下(アパシー)について、研究知見にもとづいて解説します。アパシー全体の解説はアパシー(意欲障害)とはをご覧ください。
陰性症状とは何か
統合失調症の症状は、大きく「陽性症状」と「陰性症状」に分けられます。陽性症状が、幻聴・妄想など「本来ないものが加わる」症状であるのに対し、陰性症状は、意欲・感情・会話といった、本来あるはたらきが「減る・乏しくなる」症状です。
現在の研究では、陰性症状は、おもに次の5つの要素から成るとされています。
- 意欲の低下(アパシー/avolition):目標に向かって行動する意欲が減る
- アンヘドニア:喜びや楽しみを感じる力が低下する
- 非社会性:人との交流への関心・欲求が減る
- 感情の平板化:表情や感情の表出が乏しくなる
- 会話の貧困(alogia):話す量が減る、言葉が出にくくなる
これらはさらに、「意欲・楽しみに関わる面(アパシーの次元)」と「表出が減る面」の、2つの大きなまとまりに整理されます。このうち、意欲の低下(アパシー)は、陰性症状の中心的な要素と考えられており、生活の立て直しや回復にとって、とりわけ重要な意味を持ちます。
意欲の低下は、陰性症状の「中心」
近年の研究で、注目すべき知見があります。それは、陰性症状のなかでも、意欲の低下(アパシー)が、その後の生活の質や回復の見通しに、もっとも大きく関わるということです。
研究では、意欲の低下が、社会生活・仕事・学業・対人関係といった、さまざまな生活機能の低下と、一貫して結びついていることが示されています。さらに、意欲の低下は、他の陰性症状(アンヘドニア、非社会性など)とも中心的につながっており、意欲の低下が改善すると、陰性症状全体が改善するという関係も報告されています。つまり、意欲の低下は、陰性症状という星座の、まさに中心にある星のような存在なのです。だからこそ、ここに気づき、対応することには、大きな意味があります。
なぜ意欲が低下するのか
統合失調症の陰性症状としての意欲低下は、脳の意欲や報酬に関わるはたらきの変化と関連すると考えられています。具体的には、「これをやれば良いことがある」と予測する力、得られる報酬を評価する力、そして「労力をかけてでもやろう」と、努力を見積もる力——こうした、意欲を支える一連の脳のはたらきに、変化が生じていると考えられています。
ここで大切なのは、これが「感じる力がない」のとは、少し違うということです。研究では、統合失調症のある方も、その場の楽しさ自体は感じられることが多い一方で、「この先、楽しいことがあるだろう」と予測して、そこへ向かって行動を起こすことが、難しくなっている場合があると指摘されています。つまり、「楽しめない」というより、「楽しみに向かって、動き出しにくい」——そういう状態に近いのです。これは、本人の意志の弱さではなく、脳のはたらきの変化によるものです。意欲の脳のしくみについてはアパシーはなぜ起きる?脳のしくみと原因もご覧ください。
「怠け」ではありません——ここが誤解されやすい
陰性症状としての意欲低下で、もっともつらいのは、それが周囲から「怠け」と誤解されることです。幻聴や妄想は「症状」と理解されやすいのに、意欲の低下は「気持ちの問題」「本人の努力不足」と見なされてしまいがちです。「いつまで寝ているの」「少しは動いたら」「甘えないで」——そうした言葉が、本人をさらに追い詰めることがあります。
はっきりお伝えします。陰性症状としての意欲低下は、病気による症状であって、性格でも、甘えでも、努力不足でもありません。本人も、多くの場合、「動きたいのに動けない」もどかしさを抱えています。周囲がこの点を理解し、責めるのではなく支える姿勢に変わることが、回復の土台になります。
見分けが大切——「本当の陰性症状」かどうか
意欲の低下は、統合失調症の陰性症状そのもの(一次性)のこともあれば、別の要因によって二次的に生じていることもあります。たとえば、うつの合併、薬の影響、幻聴や妄想などの陽性症状に気を取られていること、刺激の乏しい環境などが、意欲低下の背景にあることがあります。
この見分けは、とても重要です。なぜなら、二次的なものであれば、その原因に対処することで、意欲低下が改善する可能性があるからです。うつが背景ならその治療を、薬の影響なら主治医と相談した調整を——というように、原因に応じた対応が可能になります。だからこそ、「意欲が出ない」を放置せず、専門家とともに背景を整理することが大切です。うつとの見分けについてはアパシーとうつ病の違い|見分け方もご参照ください。
対応の考え方
陰性症状への対応は、いくつかの側面を組み合わせて進めます。まず、主治医のもとでの薬物療法の調整——陽性症状を抑えつつ、陰性症状への影響も考慮しながら、治療が組み立てられます。二次的な要因(うつ、薬の影響など)があれば、それに対処します。
あわせて、心理社会的な支援も重要です。無理のない範囲で活動の機会をつくる、達成しやすい目標から始める、社会とのつながりを少しずつ取り戻す——こうした支援が、意欲の回復を後押しします。焦らず、本人のペースを尊重しながら、小さな一歩を積み重ねていくことが基本です。ご家族の関わり方についてはアパシーのセルフチェックと家族の対応もご覧ください。統合失調症の治療は継続が大切ですので、主治医との連携を軸に進めていきます。
よくあるご質問
家族が統合失調症で、一日中横になっています。怠けているのでしょうか?
怠けではなく、陰性症状としての意欲低下である可能性が高いです。本人も「動けない」もどかしさを抱えていることが多く、責めるとかえって苦しめてしまいます。まず「症状なのだ」と理解し、主治医に状況を伝えて、対応を相談することをおすすめします。
陰性症状は、治療でよくなりますか?
陰性症状の治療は、精神科医療のなかでも難しい課題のひとつですが、対応がないわけではありません。二次的な要因への対処や、薬の調整、心理社会的な支援によって、改善が得られることがあります。とくに、うつや薬の影響などの背景があれば、それに対処することで変化が期待できます。あきらめず、主治医と相談を続けることが大切です。
本人にどう接すればいいか分かりません。
基本は、「責めない」「焦らせない」「小さなことを一緒に喜ぶ」です。大きな要求はせず、できたことを認める関わりが、意欲を支えます。接し方に迷ったときは、ご家族だけでのご相談も可能です。一緒に考えていきましょう。
横浜・関内で相談したいとき
みなとメンタルクリニックは、JR関内駅から徒歩2分、桜木町駅・馬車道駅から徒歩5分。横浜市中区・みなとみらいエリアで、ご本人やご家族が通いやすい場所にあります。祝日以外は土日も診療しており、当日のご予約にも対応しています。統合失調症の治療は継続が大切で、主治医との関係を軸に進めていくものですが、「陰性症状としての意欲低下について相談したい」「家族としての関わり方を知りたい」といったご相談にも対応しています。ご予約はWEB予約から。受診にあたってのご不明な点はよくある質問もご参照ください。
関連ページ
- アパシー(意欲障害)とは|何をしても心が動かない
- アパシーとうつ病の違い|見分け方
- 感情がわかない・喜怒哀楽が乏しくなった
- アパシーはなぜ起きる?脳のしくみと原因
- アパシーのセルフチェックと家族の対応
参考文献・情報源
- Negative Symptoms in Schizophrenia: A Review and Clinical Guide for Recognition, Assessment, and Treatment(陰性症状の5領域、機能予後との関連)
- Avolition as the core negative symptom in schizophrenia. Schizophrenia. 2021(意欲低下が陰性症状の中心で、改善が全体改善につながる)
- Turning the Spotlight on Apathy: Identification and Treatment in Schizophrenia Spectrum Disorders(陰性症状の2次元、一次性・二次性の区別)
- 統合失調症における報酬予測・努力評価と意欲低下に関する研究
- American Psychiatric Association『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(統合失調症の陰性症状に関する記載)
監修
田邊 陽一郎(精神保健指定医・精神科専門医・日本医師会認定産業医・難病指定医)/医療法人鴻志会 みなとメンタルクリニック 理事長。東北での精神科救急・被災地医療、神奈川での在宅医療を経て現職。うつ病・不安症・睡眠障害・統合失調症などを中心に診療しています。詳しくは田邊陽一郎の理事長プロフィールをご覧ください。