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2026/07/06
認知症とアパシー(意欲低下)|物忘れより先に現れることもある——横浜・関内の精神科医が解説
「最近、親が何もしなくなった」「趣味も外出もやめて、一日中ぼんやりしている」——高齢のご家族にこうした変化がみられたとき、多くの人が「うつ?」あるいは「ただの老化?」と考えます。しかし、見落とされやすい、もうひとつの重要な可能性があります。それが、認知症の初期サインとしてのアパシー(意欲・関心の低下)です。
意外に思われるかもしれませんが、アパシーは、認知症でもっとも多くみられる症状のひとつです。そして、記憶障害よりも先に現れることさえあります。「物忘れはまだそれほどでもないのに、意欲だけが落ちた」——このパターンは、認知症を考えるうえで、決して軽視できないのです。このページでは、横浜・関内のみなとメンタルクリニックの精神科医が、認知症とアパシーの関係、見分けのポイント、そしてご家族の対応について、研究知見にもとづいて解説します。アパシー全体の解説はアパシー(意欲障害)とはをご覧ください。
アパシーは、認知症でもっとも多い症状のひとつ
認知症には、記憶や判断力といった認知機能の低下(中核症状)のほかに、意欲・気分・行動などにあらわれる症状(行動・心理症状、BPSDと呼ばれます)があります。認知症の経過のなかで、実に9割前後の方が、何らかのBPSDを経験するとされています。そのなかでも、アパシーは、もっとも高頻度にみられる症状のひとつです。
研究によって幅はありますが、アルツハイマー型認知症では25〜88%、脳血管性認知症では約29〜92%、パーキンソン病に伴う認知症では29〜97.5%、前頭側頭型認知症では約55〜88%と、いずれの種類の認知症でも、非常に高い割合でアパシーがみられることが報告されています。とくに、行動の変化から始まるタイプの前頭側頭型認知症では、アパシーが最初期からもっとも目立つ症状となることが知られています。
物忘れより先に、意欲が落ちることがある
ここが、この記事でもっともお伝えしたい点です。認知症というと「物忘れから始まる」というイメージが強いのですが、実際には、アパシー(意欲・関心の低下)が、記憶障害が目立つより前に現れることがあるのです。
研究では、アパシーやうつ、不安といった症状が、認知機能の低下がはっきりする前の段階から現れうること、そして、軽度認知障害(MCI)から認知症への進行を予測する手がかりになりうることが指摘されています。つまり、「意欲がなくなった」という変化は、単なる気分の問題ではなく、脳で静かに進みつつある変化の、早期のサインである可能性があるということです。
だからこそ、高齢の方の意欲低下を「年のせい」「怠けている」と片づけてしまうのは、もったいないのです。早く気づいて確認すれば、認知症であった場合にも、進行を緩やかにする対応や、生活の備えを、早い段階から始められます。物忘れが心配な場合の関連として、頭に霧がかかったように働かない——ブレインフォグも、頭の働きの低下という点で参考になります。
なぜ認知症でアパシーが起きるのか
認知症でアパシーが高頻度にみられるのには、脳のしくみの上での理由があります。アパシーの背景には、意欲を生み出す前頭前野と線条体を結ぶ回路のはたらきの低下があります。認知症、とくにアルツハイマー病や前頭側頭型認知症、脳血管性の変化は、まさにこの意欲の回路や、それを支える神経のネットワークを傷つけます。その結果として、意欲・関心・感情の反応が乏しくなる——これが、認知症におけるアパシーの神経学的な背景です。脳のしくみのくわしい解説はアパシーはなぜ起きる?脳のしくみと原因をご覧ください。
認知症のアパシーと、うつの見分け
高齢の方の意欲低下では、認知症によるアパシーと、高齢者のうつの見分けが問題になります。両者は重なることもあり、慎重な判断が必要ですが、大まかな手がかりをお伝えします。
- アパシー:意欲・関心が乏しいが、本人はつらいと感じていないことが多い。苦痛が乏しい
- うつ:気分の落ち込み・悲しみ・自責を伴い、本人が苦しんでいる
この「苦痛の有無」が、大きな手がかりです。ただし、認知症の方がうつを併発することもあり、実際には両方の要素がみられることも少なくありません。うつとアパシーの詳しい見分けはアパシーとうつ病の違い|見分け方で解説しています。重要なのは、認知症に見えて実は治療で改善するうつだった、あるいはその逆、というケースもあるため、専門的な評価で背景を見極めることです。
アパシーを放置しないほうがよい理由
認知症のアパシーは、「本人が困っていないなら、放っておいてよいのでは」と思われがちです。しかし、研究では、アパシーが生活機能の低下、介護者の負担の増加、生活の質の低下、さらには認知機能の低下の加速と関連することが報告されています。つまり、アパシーは単なる「元気のなさ」ではなく、その後の経過にも関わる、対処すべき症状なのです。
また、アパシーによって本人が動かなくなると、体を動かす機会や、人と関わる機会が減り、それがさらに心身の機能を低下させる、という悪循環も起こりえます。適切な関わりや環境の工夫で、この悪循環をやわらげることができます。
ご家族にできること
責めずに、きっかけを差し出す
「しっかりして」「怠けないで」と叱咤するのは逆効果です。アパシーは意志の力で動けるものではありません。代わりに、「一緒にやろう」と、無理のない範囲で行動のきっかけをさりげなく差し出すこと。できたことには自然に感謝を返すこと。こうした関わりが、意欲の維持を助けます。くわしい接し方はアパシーのセルフチェックと家族の対応で解説しています。
変化を記録し、早めに相談する
いつ頃から、どんな変化があったか。物忘れの程度は。体の症状は。これらを記録して、早めに専門家に相談してください。認知症は、早く分かるほど、できる対応が増えます。ご本人が受診を渋る場合は、まずご家族だけの相談も可能です。高齢のご家族の変化全般については高齢の親が何もしなくなった|ご家族へもご覧ください。
よくあるご質問
意欲がないだけで、物忘れはありません。認知症の心配はありますか?
物忘れが目立たなくても、アパシーが認知症の初期に現れることはあります。とくに、ある時期から意欲・関心がはっきり低下し、それが続いている場合は、確認する価値があります。もちろん、認知症ではなくうつや他の要因のこともあり、その見極めのためにも受診をおすすめします。
認知症だったら、アパシーは治らないのでしょうか?
認知症そのものを完治させることは難しいものの、アパシーに対しては、環境の工夫や関わり方、活動の機会づくりといった対応で、状態をやわらげられることがあります。また、背景にうつが混じっている場合は、その治療で改善することもあります。「認知症だから何もできない」ということはありません。
親が受診を嫌がります。どうすれば?
アパシーのある方は、本人が困っていないため受診を渋ることがよくあります。無理強いは逆効果になりやすいので、まずはご家族だけでご相談ください。受診につなげる工夫を一緒に考えます。当院は認知症の診療にも対応しており、ご家族の相談も承っています。
横浜・関内で相談したいとき
みなとメンタルクリニックは、JR関内駅から徒歩2分、桜木町駅・馬車道駅から徒歩5分。横浜市中区・みなとみらいエリアで、ご家族の見守りや介護をされている方にも、通いやすい場所にあります。祝日以外は土日も診療しており、当日のご予約にも対応しています。当院は認知症の診療にも対応しており、ご本人の受診はもちろん、ご家族だけのご相談も承っています。「意欲が落ちただけなのか、それとも認知症の始まりなのか」——その見極めからのご相談で、まったく構いません。ご予約はWEB予約から。受診にあたってのご不明な点はよくある質問もご参照ください。
関連ページ
- アパシー(意欲障害)とは|何をしても心が動かない
- 高齢の親が何もしなくなった|ご家族へ
- アパシーとうつ病の違い|見分け方
- パーキンソン病とアパシー
- 脳卒中後の意欲低下
- アパシーのセルフチェックと家族の対応
参考文献・情報源
- Prevalence, treatment, and neural correlates of apathy in different forms of dementia: a narrative review(各種認知症におけるアパシーの有病率:AD 25〜88%、血管性 約29〜92%、パーキンソン病認知症 29〜97.5%、前頭側頭型 約55〜88%)
- Neuropsychiatric or Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia (BPSD): Prevalence and Natural History in AD and FTD. Frontiers in Neurology. 2022(アパシーが最頻のBPSDのひとつ、認知機能低下に先行しうる)
- 認知症の行動・心理症状(BPSD)およびMCIから認知症への進行予測に関する研究
- アルツハイマー病におけるアパシーと機能予後・介護負担・認知機能低下の加速との関連に関する研究
- American Psychiatric Association『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』
監修
田邊 陽一郎(精神保健指定医・精神科専門医・日本医師会認定産業医・難病指定医)/医療法人鴻志会 みなとメンタルクリニック 理事長。東北での精神科救急・被災地医療、神奈川での在宅医療を経て現職。うつ病・不安症・睡眠障害・認知症などを中心に診療しています。詳しくは田邊陽一郎の理事長プロフィールをご覧ください。