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2026/07/06
頭に霧がかかったように働かない——「ブレインフォグ」の正体と、背景にある心身の不調【横浜・関内の精神科医が解説】
会議で発言しようとしたのに、言いたいことが言葉にならない。さっき読んだメールの内容が、頭に入ってこない。簡単な計算にやたら時間がかかる。人の名前が、喉まで出かかっているのに出てこない。頭のなかに、うすい霧がかかっているみたいに、思考がはっきりしない——。「自分は急に頭が悪くなってしまったのだろうか」「もしかして、若年性の認知症では」。そんな不安を抱えて、当院を受診される方がいます。
先にお伝えします。この「頭に霧がかかった感じ」は、近年ブレインフォグと呼ばれ、医学研究の場でも注目されている状態です。そして多くの場合、それは脳そのものが壊れたのではなく、心身の不調によって、脳が本来の力を発揮できなくなっている、可逆的な状態です。つまり、背景を整えれば、霧は晴れていく可能性が高いということ。このページでは、横浜・関内のみなとメンタルクリニックの精神科医が、ブレインフォグの正体を最新の研究知見にもとづいて解説し、背景にあるもの、認知症との見分け、そして回復への道筋について、順を追ってお話しします。
ブレインフォグとは、どういう状態でしょう
ブレインフォグ(brain fog)は、正式な病名ではなく、「頭に霧がかかったように、思考がはっきりしない状態」を指す言葉です。具体的には、次のような形であらわれます。
- 集中できない:一つのことに注意を向け続けられず、すぐ気が散る
- 考えがまとまらない:頭のなかで情報を整理して、結論を出すのが難しい
- 記憶があいまい:さっき聞いたこと、やろうとしたことを忘れる
- 言葉が出てこない:伝えたいことがあるのに、適切な言葉が浮かばない
- 反応が遅い:判断や作業のスピードが、以前より落ちた
近年、さまざまな病態を横断してブレインフォグを分析した研究レビューでは、この状態が注意・記憶・言葉の困難を中心とし、そこに強い疲労感と、不安・抑うつといった精神的な症状が重なりあうものとして整理されています。つまりブレインフォグは、単独の症状ではなく、「疲労と、認知の不調と、気分の不調が束になった状態」だと理解すると、正体がつかみやすくなります。
大切なのは、これらは「もともとの能力が失われた」のではなく、一時的に、脳のパフォーマンスが下がっているという点です。パソコンにたとえるなら、ハードウェアが壊れたのではなく、裏で重いプログラムが動いていて、動作が重くなっている状態に近い。その「裏で動いている重いプログラム」が何なのかを突き止めることが、霧を晴らす鍵になります。
脳のなかで、何が起きているのか——神経炎症という視点
ブレインフォグの背景としていま注目されているのが、神経炎症(脳の炎症)という考え方です。少していねいにお話しします。
強いストレス、感染症、睡眠不足などが続くと、脳の免疫を担う細胞(ミクログリアなど)が活性化し、炎症性サイトカイン(IL-6やTNF-αといった物質)を放出することが知られています。これらの物質は、意欲や集中に関わるドパミン、気分に関わるセロトニンといった神経伝達物質のはたらきを乱し、脳の血流や神経細胞どうしの情報伝達にも影響すると考えられています。その結果として、思考の遅さ、言葉の出にくさ、記憶の取り出しにくさ、そして意欲の低下や気分の落ち込みが、同時に現れる——。ブレインフォグと、うつや慢性疲労が「似ている」「重なる」のは、根っこにこの共通した炎症のメカニズムがあるからではないか、というのが近年の有力な見方です。
ここで重要なのは、神経炎症は、うつ病でも、慢性疲労でも、感染症のあとでも起こりうるということです。だからこそ、ブレインフォグは特定の一つの病気のサインではなく、「脳が炎症的な負荷にさらされている」という、より広い状態の表れとして捉える必要があります。
頭に霧がかかる背景にあるもの
①うつ状態・不安による認知機能の低下
これが、外来でもっとも多い背景です。うつや強い不安の状態では、集中力・記憶力・判断力といった認知機能が低下することが、はっきりと知られています。これは「思考力や集中力の減退」としてうつ病の診断基準にも含まれているほど、中核的な症状です。気分の落ち込みが目立たなくても、「頭が働かない」という形で先にあらわれることもあります。
さらに、複数の研究が示す重要な事実があります。ブレインフォグで測定される客観的な認知機能の低下は、その多くが「疲労」や「抑うつ」「不安」によって媒介されている——つまり、頭の働きの悪さの相当部分は、疲労やうつ・不安を通して生じている、ということです。言いかえれば、背景にある疲労やうつ・不安を治療することが、そのまま霧を晴らすことにつながる、ということでもあります。落ち込みや意欲低下を伴う場合は夏になると心も体もだるい?夏バテと夏うつ、不安が強い場合は不安とは?不安症(不安障害)の種類と治療もご覧ください。
②睡眠不足・睡眠の質の低下
脳は、睡眠中に記憶を整理し、老廃物を排出して、翌日に備えます。深い睡眠のあいだにはたらく脳の「掃除システム」は、睡眠でしか十分に機能しません。この回復が不十分だと、翌日の思考力・集中力・記憶力は確実に落ち、慢性的な睡眠不足が続けば、その影響が積み重なって慢性的なブレインフォグにつながります。実際、「よく眠れるようになったら、頭の霧が晴れた」という方は少なくありません。眠りの問題は不眠症とは|4つのタイプと原因・治し方で解説しています。
③慢性的な疲労・自律神経の乱れ
心身が疲れ切っていると、脳もまた省エネモードに入り、パフォーマンスが下がります。先ほど触れたとおり、ブレインフォグは「精神的な疲労」と大きく重なることが、研究でも指摘されています。自律神経が乱れて休んでも回復しない状態が続くと、それが頭の重さ・ぼんやり感として感じられます。「休んでも疲れが取れない」という感覚と一緒にブレインフォグがある方は、休んでも疲れが取れない・常に疲れているもあわせてご覧ください。
④感染症の後——コロナ後遺症(罹患後症状)として
近年、新型コロナウイルス感染症のあとに、ブレインフォグが続くことが数多く報告されるようになりました。感染後、体調は戻ったのに、頭のぼんやり感や集中力の低下だけが長く残る、というケースです。
研究の数字を挙げると、複数の研究を統合した解析では、新型コロナ感染から3か月以上たった時点で、およそ17〜28%の人が、認知機能の低下を自覚または示すと報告されています。影響を受けやすい領域は、実行機能(段取りをつける力)・注意・エピソード記憶が中心です。意外に思われるかもしれませんが、重症だった方だけでなく、軽症だった方や女性で、むしろブレインフォグが生じやすいという報告もあります。背景には、先にお話しした神経炎症の関与が推定されています。
心強い事実もあります。感染後のブレインフォグは、多くの場合、時間の経過とともに改善していく傾向があり、感染から12か月〜18か月ほどのあいだに、症状の負担が軽くなっていくことが報告されています。つまり、多くの方にとって、これは「一生続くもの」ではありません。もし感染症のあとから始まったブレインフォグであれば、その経過も診察でお聞かせください。ワクチン接種がその後のブレインフォグの頻度を下げる方向に関連するという報告もあります。
⑤ホルモンの変化・その他の身体要因
女性の更年期や産後のホルモン変化、甲状腺機能の低下、貧血、鉄やビタミンB12の不足なども、頭の働きに影響します。これらは血液検査などで確認できるため、体の要因の評価も大切です。当院は内科も標榜しており、必要に応じて体の側の確認も行えます。
「認知症では」という不安について
ブレインフォグを経験すると、「認知症の始まりでは」と強く不安になる方がいます。ここは、はっきりお伝えします。若い世代・働く世代のブレインフォグの多くは、認知症ではなく、うつ・不安・睡眠不足・疲労などによる、回復可能な認知機能の低下です。認知症による物忘れとは、性質が異なります。
ひとつの目安として、「忘れている自分」を強く自覚して困っているうちは、認知症より、心身の不調による機能低下のことが多いとされています(認知症では、忘れていること自体の自覚が薄れていく傾向があります)。実際、主観的には強く「頭が働かない」と感じていても、客観的な検査では大きな異常が見つからない、というケースは、ブレインフォグの研究でもしばしば報告されています。これは「気のせい」という意味ではなく、つらさは本物だが、その正体は不可逆的な脳の病気ではなく、疲労やうつ・不安に強く結びついた、回復しうる状態であることを示しています。
とはいえ、自己判断は禁物です。不安を抱えたままにするより、一度きちんと確認して「これは回復するものだ」と分かるほうが、その不安自体もやわらぎます。物忘れや頭の働きが心配な方は、確認のためにも受診をおすすめします。
こんなときは、相談のサインです
- 頭のぼんやり感・思考力の低下が、2週間以上続いている
- 仕事や家事に、目に見えて支障が出ている
- 霧の感覚とあわせて、気分の落ち込み・意欲の低下・眠れなさがある
- 感染症のあとから、頭の不調が続いている
- 「認知症では」という不安が頭から離れない
- 休んでも、頭の重さが晴れない
これらに当てはまるなら、背景を確認する価値があります。多くの場合、原因が分かれば、対処の道筋が見えてきます。
霧を晴らすために、できること
睡眠を立て直す
もっとも即効性が期待できるのが、睡眠の改善です。眠りの量と質が戻るだけで、頭の霧が薄くなることは少なくありません。脳の「掃除システム」は深い睡眠でしかはたらかないため、まずは睡眠を最優先に整えることから始めます。
運動と生活リズム
軽い有酸素運動は、脳の炎症をしずめる方向にはたらき、思考力や気分を支える脳内物質(BDNFなど)を増やすことが知られています。無理のない範囲で、散歩程度から。あわせて、朝の光を浴びて生活リズムを整えることも、脳のコンディション回復を助けます。
脳の負荷を減らす
マルチタスクをやめ、一度にひとつのことに絞る。情報を詰め込みすぎない。スマートフォンやSNSから少し距離を置く。疲れた脳に休息を与えることで、処理能力が回復しやすくなります。
背景の不調を治療する
ここが、いちばん本質的なところです。研究が示すとおり、ブレインフォグの認知の低下は、疲労・うつ・不安に強く媒介されています。だからこそ、霧そのものを直接どうにかしようとするより、裏で動いている「重いプログラム」——うつ・不安・慢性疲労・不眠——を治療することが、結局は近道になります。うつや不安が背景にある場合は、その治療がそのままブレインフォグの改善につながります。必要に応じてお薬による治療も選択肢になりますが、使うかどうかは状態を見て一緒に決めていきます。
体の要因を確認する
甲状腺・貧血・ビタミンB12不足など、体の要因が隠れていないかを確認します。これらは、見つかれば対処できるものです。
よくあるご質問
ブレインフォグは、病院の何科にかかればいいですか?
背景にうつ・不安・睡眠の問題があることが多いため、精神科・心療内科が適しています。当院は内科も標榜しているため、体の要因も含めて総合的に確認できます。「頭が働かない」という主訴で受診していただいて構いません。
コロナのあとから頭がぼんやりします。治りますか?
感染後のブレインフォグは、多くの場合、時間の経過とともに改善していくことが研究でも報告されています(感染後12〜18か月のあいだに負担が軽くなっていく傾向があります)。ただ、睡眠や気分の不調が重なって回復を妨げていることもあり、その部分は治療で後押しできます。経過を確認しながら、一緒に立て直していきましょう。
検査を受けても「異常なし」でした。気のせいでしょうか?
いいえ、気のせいではありません。ブレインフォグは、主観的なつらさが強くても、客観的な検査では大きな異常が出にくいことが、研究でも知られています。これは症状が嘘だという意味ではなく、原因が不可逆的な脳の病気ではなく、疲労やうつ・不安・睡眠といった、回復しうる要因にあることを示す手がかりです。その要因に対処すれば、改善が見込めます。
仕事でミスが増えて困っています。どうすれば?
まず、背景を確認することが先決です。ブレインフォグによるミスは、あなたの能力や努力の問題ではなく、脳のコンディションの問題です。原因に対処すれば改善が見込めます。必要なら、一時的な業務調整の相談にも応じます。働き方の調整については産業医・休職・復職のご相談もご覧ください。
認知症の検査はできますか?
ご心配な場合は、認知機能の確認も含めて対応できます。多くは回復可能な機能低下ですが、きちんと確認して安心していただくことも、大切な診療の一部だと考えています。
横浜・関内で相談したいとき
みなとメンタルクリニックは、JR関内駅から徒歩2分、桜木町駅・馬車道駅から徒歩5分。横浜市中区・みなとみらいエリアにお勤めの方が、仕事帰りやお昼休みに立ち寄れる場所にあります。祝日以外は土日も診療しており、当日のご予約にも対応しています。「頭がぼんやりするだけで、受診していいのかな」——その段階でのご相談で、まったく構いません。その霧は、多くの場合、晴らすことのできるものです。ご予約はWEB予約から。受診にあたってのご不明な点はよくある質問もご参照ください。
関連ページ
- 休んでも疲れが取れない・常に疲れている
- 夏になると心も体もだるい——それは夏バテ?それとも「夏うつ」?
- 不眠症とは|4つのタイプと原因・治し方
- 不安とは?不安症(不安障害)の種類と治療
- 産業医・休職・復職のご相談
参考文献・情報源
- McWhirter L, et al. Defining Brain Fog: A Transdiagnostic Narrative Review(ブレインフォグの疾患横断的レビュー。認知・疲労・抑うつ・不安の重なり、客観的障害が疲労・うつ・不安に媒介されるとの記載)
- van der Feltz-Cornelis C, et al. Prevalence of mental health conditions and brain fog in people with long COVID: A systematic review and meta-analysis. General Hospital Psychiatry. 2025(long COVIDにおける有病率、ワクチン接種との関連)
- post-COVID症候群における主観的認知愁訴と、認知機能・疲労・神経精神症状の関係に関する媒介分析研究(疲労が主要な媒介因子であるとの報告)
- COVID-19関連の認知機能障害に関するメタ解析(感染3か月以降で17〜28%に認知機能障害、実行機能・注意・記憶が主に影響)
- 世界保健機関(WHO)新型コロナウイルス感染症後の状態(post COVID-19 condition)に関する定義
- American Psychiatric Association『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(抑うつエピソードにおける思考力・集中力低下の記載)
- 厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(睡眠と認知機能)
監修
田邊 陽一郎(精神保健指定医・精神科専門医・日本医師会認定産業医・難病指定医)/医療法人鴻志会 みなとメンタルクリニック 理事長。東北での精神科救急・被災地医療、神奈川での在宅医療を経て現職。うつ病・不安症・睡眠障害などを中心に診療しています。詳しくは田邊陽一郎の理事長プロフィールをご覧ください。