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2026/09/14
脳疲労の原因と仕組み|働きすぎ・睡眠不足・情報過多・ストレス、そして「脳疲労の顔をした体の病気」を横浜・関内の精神科医(産業医)が解説
この記事は、みなとメンタルクリニック(横浜市中区・関内)の「脳疲労について」ガイドの一記事です。全体像は総合ガイドをご覧ください。
「原因なら分かっています。働きすぎです」。脳疲労のご相談で、いちばんよく聞く言葉です。そして、たいていの場合、それは当たっています。
ただ、ここには二つの落とし穴があります。一つは、原因が分かっていても、その原因を減らせないことが多い、ということ。もう一つは、「原因は働きすぎだ」と決めた瞬間に、ほかの原因が見えなくなる、ということです。脳疲労の症状——頭が働かない、疲れが取れない、眠れない——は、実は働き方以外の原因でも、まったく同じ形で起こります。そのなかには、休み方をいくら工夫しても戻らず、検査でしか見つからないものもあります。
この記事では、脳疲労の原因を五つに整理し、脳の中で何が起きているのかをご説明したうえで、見逃されやすい「脳疲労の顔をした別の原因」についてお伝えします。原因を正しく知ることは、回復のいちばんの近道です。
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脳疲労の原因は、たいてい一つではありません
脳疲労は、「これさえなければ」という単独の原因で起きることは少なく、いくつかの要因が重なって、脳の回復が消耗に追いつかなくなったときに起こります。負荷が大きいこと、回復の時間が足りないこと、そして回復の仕組みそのものが乱れていること。この三つが重なると、脳は少しずつ、確実に疲れていきます。
ですから、原因を見るときは「どれが原因か」ではなく、「どれとどれが重なっているか」という目で見ていただくと、対処が立てやすくなります。
原因①:働きすぎ・長時間労働
最も大きく、最もよく知られた原因です。世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)が2021年に発表した推計では、週55時間以上働く人は、週35〜40時間の人に比べて脳卒中のリスクが35%、虚血性心疾患のリスクが17%高いとされ、2016年の一年間だけで、長時間労働に関連する脳卒中と心疾患による死亡が世界で74万5千人に上ると見積もられています。心の面でも、Virtanenらのメタ解析(2018年)は、長時間労働が抑うつ症状のリスクを高めること、その関連がアジア諸国で特にはっきりしていたことを報告しています。
日本では、厚生労働省が脳・心臓疾患の労災認定にあたって、発症前一か月の時間外労働が100時間を超える、または二〜六か月の平均で月80時間を超える場合を、業務との関連が強いと評価する目安としています。いわゆる過労死ラインです。2021年の改正では、時間の長さだけでなく、勤務と勤務のあいだの休息時間の短さや、休日のない連続勤務も、あわせて評価されるようになりました。
産業医としてお伝えしておきたいのは、時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労がたまっていると感じている場合、本人が申し出れば、会社は医師(産業医)による面接指導を行う義務があるということです(労働安全衛生法)。申し出たことを理由に不利益な扱いをしてはならない、と国の指針でも定められています。
ただ、時間の長さは原因の一部にすぎません。週50時間でも、次にお話しする要因が重なれば、週60時間の人より脳の疲れが深いことは珍しくありません。
原因②:睡眠不足——回復の仕組みそのものが削られる
働きすぎが脳疲労を起こす経路のうち、いちばん太いのが睡眠です。眠っている間、脳では日中にたまった老廃物を洗い流す作業が進んでいます。動物実験ではありますが、睡眠中に脳の細胞のすき間が広がり、老廃物の排出が大きく増えることが報告されています(Xieら、2013年、Science誌)。睡眠が削られるということは、脳の掃除の時間が削られるということです。
そして、削られた睡眠は借金のように積み上がります。アメリカのVan Dongenらの研究(2003年、Sleep誌)では、一晩六時間の睡眠を二週間続けると、注意力の低下は二晩徹夜したのと同じ程度に達し、しかも本人の感じる眠気は最初の数日で頭打ちになっていました。睡眠不足は、本人が気づかないまま脳疲労を深める原因です。厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、成人の睡眠時間として六時間以上を目安にしています。
原因③:情報過多とスマートフォン——「切り替え」が脳を削る
前頭前野は、作業の量よりも、作業の切り替えの回数で疲れる面があります。心理学の実験では、課題を切り替えるたびに「切り替えのコスト」がかかることが繰り返し示されており、複数の情報源を同時に扱うことの多い人ほど、無関係な情報を遮る力が弱い傾向があるという報告もあります(Ophirら、2009年)。
メールとチャットと電話が同時に入り、会議の合間に通知が鳴り、帰宅後もスマートフォンで仕事のやり取りが続く。こうした環境では、脳は一日中、細かい切り替えを強いられ、まとまった集中の時間が持てません。そして夜、布団の中でのスマートフォンは、光と情報の両方で脳を覚醒させ、原因②の睡眠不足を深めます。仕事の連絡が途切れない状態が心に与える影響は、常時接続・通知のストレスでご説明しています。
原因④:対人関係の緊張と、裁量のなさ
仕事の負荷は、量だけでは決まりません。仕事のストレス研究で古くから知られているのが、「要求度は高いのに、自分で決められる余地が小さい」という組み合わせが、最も健康を損ないやすいという知見です(Karasekの「仕事の要求度—コントロール」モデル)。英国の公務員を長期に追跡したホワイトホール研究でも、仕事の裁量の低さが、心疾患のリスクと関連していました。
裁量がない仕事では、脳は「次に何が来るか分からない」状態で待ち続けることになります。この「予測できない待機」は、扁桃体を常に警戒モードに置き、量としては多くなくても、脳を確実に消耗させます。クレーム対応や責任の重い判断、気を遣う相手との継続的なやり取りなど、感情を抑えて対応し続ける仕事も、同じ種類の消耗を起こします。
原因⑤:休息時間そのものの欠如
疲れは、負荷の大きさだけでなく、負荷と負荷のあいだにどれだけ回復の時間があるかで決まります。終業から翌朝の始業までの間隔が短い、休日にも連絡が来る、家に帰っても仕事の続きを考えている。こうした状態では、脳が「もう安全だ」と判断して休息のモードに入る時間が、そもそも確保されていません。
「休んでいるのに休めていない」という感覚は、この原因から生まれます。体は家にいても、脳はまだ職場にいる。回復のスイッチが入らないまま、次の負荷が来る。原因①から④のどれかがあっても、この休息の時間が確保されていれば脳は持ちこたえられることが多く、逆にこれが欠けると、負荷がそれほど大きくなくても脳疲労が進みます。
脳の中で起きていること——脳疲労の仕組み
五つの原因が重なったとき、脳の中では、大きく三つのことが起きています。
前頭前野の「電池切れ」
フランスの研究チーム(Wiehlerら、2022年、Current Biology誌)は、難しい頭脳作業を六時間以上続けた人の前頭前野の外側に、グルタミン酸という物質が蓄積していくことを示しました。そして作業のあとには、判断が「楽で、すぐに済む選択」に傾いていました。頭を使い続けると脳の中に文字どおり疲労の痕跡がたまり、それが「もう考えたくない」「簡単な方でいい」という判断の変化として表に出る。脳疲労の実体の一端を捉えた研究です。
ストレスによる「主導権の交代」
強いストレスが続くと、前頭前野そのものが働きにくくなります。アメリカの神経科学者Arnstenは、ストレスに伴う脳内物質が一定以上に高まると前頭前野の回路が接続を弱め、代わりに扁桃体など、より原始的で反射的な回路が主導権を握ることを示しました(2009年、Nature Reviews Neuroscience誌)。「考えて決める」ことができなくなり、「反射的にイライラする」ことが増えるのは、この交代が起きているからです。あわせて、本来は夜に下がるはずのストレスホルモン(コルチゾール)が下がりきらなくなり、眠りが浅くなり、免疫が落ち、胃腸が乱れます。
脳の構造にまで及ぶ変化と、その回復
スウェーデンのSavicらは、慢性的な職業性ストレスで疲弊した人をMRIで調べ、前頭前野の皮質が薄くなり、扁桃体が大きくなっていることを示しました(2015年)。そして、休養と治療のあと一〜二年で、前頭前野の変化はおおむね回復していたことも報告しています(2018年)。脳疲労は、放っておけば構造にまで及びうる一方、正しく休めば戻る。だからこそ、原因に早く手を当てることに意味があります。
これら三つは、互いに悪循環をつくります。前頭前野が疲れる→ミスが増え、判断が遅れる→仕事が長引き、焦りと自責が強まる→ストレスホルモンが下がらず眠りが浅くなる→前頭前野がさらに疲れる。この輪のどこかを切ることが、治し方の基本になります(脳疲労の治し方)。
見逃されやすい「別の原因」——脳疲労の顔をした体の病気
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。頭が働かない、疲れが取れない、眠れない、気力が出ない——脳疲労とまったく同じ症状を起こす、働き方とは無関係の原因があります。これらは、休み方をいくら工夫しても戻らず、検査や診察でしか見つかりません。
甲状腺の病気。甲状腺の働きが低下すると、強い疲労感、眠気、集中力の低下、気分の落ち込み、寒がり、体重増加が起こります。反対に働きが亢進すると、動悸、不眠、イライラ、体重減少が出ます。どちらも、働く世代の女性にとくに多く、脳疲労やうつ病と間違われやすい病気です。血液検査で分かります。
貧血・鉄不足。貧血の基準に達していない鉄不足でも、疲れやすさ、集中力の低下、頭痛、気分の落ち込みが起こることが知られています。月経のある女性では珍しくなく、「働きすぎのせい」と思い込んでいる方の中に、少なからず隠れています。これも血液検査で分かります。
睡眠時無呼吸症候群。眠っている間に呼吸が止まり、本人は眠っているつもりでも脳が休めていない状態です。日中の強い眠気、朝の頭痛、集中力の低下、いびきが手がかりになります。日本では潜在的な患者が数百万人規模と推定され、その多くが未診断とされています。眠っても取れない疲れの背景として、必ず確かめておきたい原因です。
更年期の変化。四十代後半から五十代の女性では、ホルモンの変動によって、頭の霧、物忘れ、疲労感、眠りの乱れ、気分の変動が起こります。仕事の責任が重くなる時期と重なるため、「働きすぎ」として扱われがちですが、対処はまったく異なります。
薬とアルコール。花粉症などで使う抗ヒスタミン薬の一部、一部の血圧の薬、睡眠薬の持ち越しなどは、日中の眠気や集中力の低下を起こすことがあります。また、寝つきをよくするためのお酒は、眠りを浅く分断し、翌日の脳疲労を深めます。「薬を飲み始めた時期と症状が出た時期が重なる」という方は、その薬が原因の可能性を確かめる価値があります。
そして、もう一つ。うつ病そのものが、脳疲労の顔をして始まることがあります。気分の落ち込みより先に、頭が働かない、疲れが取れない、という形で現れるうつ病は珍しくありません。この境目については脳疲労とうつ病・燃え尽き・適応障害の違いでご説明しています。
「内科で検査をしたけれど異常はなかった」という方は、体の原因の可能性が下がったという大切な情報を、すでに持っています。次に確かめるべきは、脳と心の側です。逆に、まだ検査を受けていない方は、休み方の工夫と並行して、一度確かめておくことをおすすめします。
こんなときは、ご相談ください
- 働き方の負荷を減らしたのに、脳疲労の症状が戻らない
- 症状はあるのに、思い当たる原因がはっきりしない
- 強い眠気、朝の頭痛、いびきを指摘されたことがある
- 寒がり・暑がり、体重の急な変化、動悸など、体の変化を伴っている
- 月経の変化や更年期の時期と、症状の始まりが重なっている
- 薬を飲み始めた時期と、症状が出た時期が重なっている
- 気分の落ち込みや楽しめなさが、二週間以上続いている
精神科・心療内科で、原因をどう確かめるのか
診察では、まず時間の流れを伺います。いつから、どの順番で症状が出て、働き方や生活の変化とどう重なっているか。休日にどう変わるか。ここで、五つの原因のどれが重なっているかの見当がつきます。
次に、脳疲労の顔をした別の原因を除外します。甲状腺の働き、貧血や鉄の状態などは、血液検査で確かめられます。睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合は、専門の検査をご案内します。そのうえで、うつ病や適応障害、不眠症の形を取り始めていないかを、症状の組み合わせと経過から判断します。
原因が分かると、対処は驚くほど具体的になります。鉄不足なら補うこと、甲状腺なら内科での治療、睡眠時無呼吸なら専門的な治療。働き方が原因なら、睡眠の立て直しと負荷の調整、必要に応じて働き方についての主治医の意見や、職場の産業医との連携。何科に行けばいいのか、初診で何を聞かれるのかは、脳疲労は何科に行けばいい?精神科・心療内科で行うことと初診の流れでお答えしています。
よくあるご質問
原因が働きすぎなら、会社を変えるしかないのでしょうか
いいえ。多くの場合、まず整えるべきは睡眠と休息の時間で、働き方そのものを変えなくても、脳の回復が消耗に追いつく状態に戻せることは少なくありません。そのうえで、業務量や裁量について調整が必要なら、主治医の意見や産業医の面接指導という仕組みが使えます。転職や退職は、脳が回復してから判断したほうが、後悔の少ない選択になります。
疲れやすいのは性格のせいでしょうか
責任感が強く、人に頼らず、休むことを後回しにする方は、たしかに脳疲労が深まりやすい傾向があります。ただ、それは性格の欠点ではなく、これまで仕事を支えてきた長所でもあります。変えるべきは性格ではなく、その長所が自分を削らないような、休息の仕組みのほうです。
スマートフォンをやめれば治りますか
夜のスマートフォンを減らすことは、睡眠の質を通じて確実に役立ちます。ただ、原因が五つ重なっているときに一つだけ外しても、回復が追いつかないことがあります。二週間試して戻らなければ、ほかの原因が重なっていないか、一度ご相談ください。
平日は仕事で行けません
当院は土日も診療しており、夕方以降のご予約も可能です。会社帰りに通える心療内科をご覧ください。関内駅から徒歩圏で、馬車道・桜木町・みなとみらいからもお越しいただけます。
今日つらいのですが、当日でも診てもらえますか
空き状況によっては当日のご予約にも対応しています。Web予約で当日枠が出ていない場合も、お電話でご相談いただければ調整できることがあります。初診の流れはこちらです。
原因が分かると、道が見えます
「働きすぎだから仕方ない」——そう思っている方の中には、働き方以外の原因が重なっている方、体の病気が隠れている方、うつ病が始まりかけている方が、確かにいらっしゃいます。そして、原因が分かった方から順に、回復の道は具体的になっていきます。
働き方が原因なら、休み方をお伝えします。別の原因が重なっているなら、それを確かめて、それぞれに合った対処を立てます。原因を一人で決めつけずに、一度確かめにいらしてください。
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みなとメンタルクリニック(横浜市中区・関内)/土日診療・当日予約に対応
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参考
- Pega F, et al.(WHO/ILO共同推計)Environment International. 2021
- Virtanen M, et al. Long working hours and depressive symptoms: systematic review and meta-analysis. Scandinavian Journal of Work, Environment & Health. 2018
- 厚生労働省 脳・心臓疾患の労災認定基準(2021年改正)/労働安全衛生法(長時間労働者への医師による面接指導)
- Xie L, et al. Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science. 2013
- Van Dongen HPA, et al. The cumulative cost of additional wakefulness. Sleep. 2003
- Ophir E, Nass C, Wagner AD. Cognitive control in media multitaskers. PNAS. 2009
- Karasek RA. Job demands, job decision latitude, and mental strain. Administrative Science Quarterly. 1979/Whitehall II study(Marmot MG, et al.)
- Wiehler A, et al. A neuro-metabolic account of why daylong cognitive work alters the control of economic decisions. Current Biology. 2022
- Arnsten AFT. Stress signalling pathways that impair prefrontal cortex structure and function. Nature Reviews Neuroscience. 2009
- Savic I. Structural changes of the brain in relation to occupational stress. Cerebral Cortex. 2015/Savic I, et al. Cerebral Cortex. 2018
- 厚生労働省 健康づくりのための睡眠ガイド2023
- ICD-11(World Health Organization)/DSM-5-TR(American Psychiatric Association)
この記事の監修者
田邊 陽一郎(精神保健指定医・精神科専門医・日本医師会認定産業医・難病指定医)
医療法人鴻志会 みなとメンタルクリニック 理事長。秋田大学医学部卒業後、東北での精神科救急・被災地医療、神奈川での在宅医療を経て、現職。うつ病・不安障害・睡眠障害・認知症などを中心に診療。