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2026/06/09
抗うつ薬 各論|NaSSA(ミルタザピン)の特徴を精神科医がやさしく解説
「眠れないし、食べられない。この2つが本当につらい」——うつ病の外来で、毎日のように聞く訴えです。気分の落ち込み以前に、眠りと食事という土台が崩れてしまって、体力がどんどん削られていく。
このタイプのうつ病で、しばしば主役級の働きをするのがNaSSAという系統——日本ではミルタザピン(リフレックス、レメロン)です。眠気と食欲増進という、ほかの薬なら「副作用」と呼ばれる性質が、この薬では「効果」の側に回ることがある。ちょっと変わった立ち位置の薬です。
この記事では、ミルタザピンの仕組みと得意分野、注意点を、横浜市中区・関内のみなとメンタルクリニックの精神科医が解説します。抗うつ薬全体の地図は薬物療法 各論(種類と特徴の総覧)、共通ルールは薬物療法 総論、これまでのSSRI・SNRIの各論とあわせてどうぞ。
NaSSAとは——「回収を邪魔する」のではなく「放出を増やす」
NaSSAは「ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬」の略です。長い名前ですが、押さえるべきポイントは一つ。SSRIやSNRIとは、伝達物質を増やすやり方が根本から違う、ということです。
SSRI・SNRIは、放出された伝達物質の回収口を塞ぐ薬でした。ミルタザピンは、放出そのものにかかっているブレーキを外して、セロトニンとノルアドレナリンが出てくる量自体を増やします。蛇口にたとえるなら、SSRIが「流れた水を排水口から回収されないようにする」薬で、ミルタザピンは「蛇口を開く」薬。同じ「水を増やす」でも、仕掛ける場所が違うのです。
この違いには実用上の意味があります。仕組みが重ならないので、SSRIやSNRIで手応えが足りないときの乗り換え先・組み合わせ相手として価値がある。攻め口を変えられるわけです。
ミルタザピンの得意分野——眠れない・食べられないうつ
ミルタザピンにはもう一つ、独特の性質があります。ヒスタミンという伝達物質の受け皿を強くブロックするため、眠気がしっかり出るのです。そして食欲を増やす方向にも働きます。
普通なら困った副作用です。ところが、症状の記事で書いたような「眠れない・食べられない・体重が落ちた」というタイプのうつ病では、これがそのまま治療になります。夜に飲めば眠りを助け、食欲が戻り、削られていた体力が持ち直してくる。土台が立て直されると、気分の回復も進みやすくなります。過労で眠れなくなっている方や、不眠が前面に出ているうつ病で、この薬が選ばれやすいのはこのためです。
飲み始めの効果の立ち上がりが比較的早い印象があることも、つらさの強い時期には利点になります。また、SSRIで問題になりやすい吐き気や性機能への影響が出にくいという性質もあり、そこで乗り換え先になることもあります。
裏返しの注意点——同じ性質が、向かい風になる人
ここまで書いた性質は、そのまま裏返せば注意点です。薬の性質は変わらず、合う・合わないを決めるのはあなたの症状の形のほうだ——各論総覧で書いたことが、この薬ではとくにはっきり出ます。
- 日中への眠気の持ち越し:いちばん多い相談です。とくに飲み始めの時期に出やすく、慣れて軽くなる方も多いのですが、車の運転をする方、日中の眠気が仕事に致命的な方では慎重に考えます。
- 体重増加:食欲が戻るのを通り越して、体重が増えて困るという方がいます。もともと食欲が落ちていない方、体重管理が課題の方では、この薬の利点が薄れます。
- ふらつき:眠気とあわせて、夜間のトイレなどでのふらつきに注意します。高齢の方ではとくにです。
- やめるときは段階的に:総論で書いた原則はこの薬でも同じです。自己判断の急な中断は避けてください。
つまりミルタザピンは、「眠れない・食べられない・痩せてきた」の人には追い風が三つ揃う薬で、「過眠・過食・体重増加」のタイプ(非定型うつ病など)には向かい風が揃う薬です。処方の前に症状の形を丁寧に聞くのは、この見極めのためです。
組み合わせの一手としてのミルタザピン
もう一つ、この薬らしい使い方があります。SSRIやSNRIと仕組みが重ならないことを生かして、単剤で効果が足りないときに重ねて使う組み合わせです。回収口を塞ぐ薬と、蛇口を開く薬。攻め口の違う二剤で挟み撃ちにする発想で、難治のケースの選択肢になります。
ただし、当院は向精神薬の多剤投与を可能な限り控える方針です。組み合わせは「単剤を十分に評価し尽くしたあとの一手」であって、最初から重ねることはしません。休養と精神療法という土台、休職などの環境調整が先にあっての薬である、という順番も変わりません。
費用面では、ミルタザピンにはジェネリック(後発医薬品)があります。通院費用が心配な方は、自己負担が原則1割になる自立支援医療をご利用ください。
みなとメンタルクリニックは関内駅から徒歩2分、桜木町駅・馬車道駅から徒歩5分。横浜市中区を中心に、みなとみらいエリアからも通いやすい場所にあります。祝日以外は土日も診療しており、WEB予約は当日予約にも対応しています。初めての方は当日予約と初診の流れのご案内をご覧ください。
よくある質問
眠くなる薬なら、睡眠薬と同じではないのですか?
違います。ミルタザピンはあくまで抗うつ薬で、眠気はその性質の一部です。うつ病の治療として気分や意欲の回復を狙いながら、眠りも助けてくれる——という二役をこなしているのであって、眠らせることだけが目的の薬ではありません。睡眠薬との役割の違いは睡眠薬の記事一覧も参考にしてください。
日中の眠気がつらいです。やめるしかないですか?
すぐに結論を出さないでください。飲み始めの眠気は数週間で軽くなることが多く、飲む時間を早めるなどの調整で解決する場合もあります。それでも生活に響くなら、量の調整や薬の変更を検討します。いずれにしても、自己判断で急にやめるのがいちばん良くない選択です。
太るのが心配です。
もっともな心配です。体重が落ちて体力が削られている方には利点になる性質ですが、そうでない方には負担になりえます。体重を定期的に見ながら使う、食事の工夫を並行する、別系統——たとえば次の記事で扱うボルチオキセチンなど——を検討する、といった選択肢を一緒に考えます。心配を最初に言っておいてもらえると、薬選びの精度が上がります。
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監修:田邊 陽一郎(精神保健指定医・精神科専門医・日本医師会認定産業医・難病指定医)
医療法人鴻志会 みなとメンタルクリニック 理事長。秋田大学医学部卒業後、東北での精神科救急・被災地医療、神奈川での在宅医療を経て現職。うつ病・不安障害・睡眠障害・認知症などを中心に診療。