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2026/08/12
自分の気持ちが分からない|失感情症(アレキシサイミア)と発達特性を横浜・関内の精神科医が解説
「今、どんなお気持ちですか」と聞かれても、答えが浮かばない。うれしいのか、腹が立っているのか、疲れているだけなのか、自分でもよく分からない。周りの人が当たり前のように自分の気持ちを話しているのを見て、不思議に思ったことがある——。
こうした傾向を失感情症(しつかんじょうしょう)、あるいはアレキシサイミアといいます。ギリシャ語で「感情を表す言葉がない」という意味からきた言葉です。
名前に「症」とついていますが、これは病気ではなく、その人がもともと持っている傾向・特性のひとつです。程度の差はあれ、誰にでもある性質で、それが強めに出ている状態を指します。ですから「治す」というより、自分の傾向を知って、扱い方を身につけていくという向き合い方になります。
この記事では、横浜市中区・関内で精神科・心療内科を診療する立場から、失感情症とはどういうものか、感情鈍麻とどう違うのか、そしてどう付き合っていけばよいのかをご説明します。
どういう傾向なのでしょうか
大きく三つの特徴があるとされています。
1. 自分の感情に気づきにくい
感情が動いていないわけではありません。体は反応しているのに、それが何という感情なのかを捉えにくい、ということです。
たとえば、上司に理不尽なことを言われた場面。胸のあたりがざわつき、動悸がして、頭が熱くなる。体ははっきり反応しているのに、それが「怒り」だとは結びつかない。「なんだか調子が悪いな」で終わってしまう。こうしたことが起こります。
2. 感情を言葉にしにくい
気づいてはいても、それを言葉で表すのが難しい。「悲しい」「悔しい」「寂しい」といった区別がつけにくく、「なんとなく嫌な感じ」「もやもやする」といった大きなくくりになりやすい傾向です。
診察でも、「つらいです」まではおっしゃれるのに、どうつらいのかを尋ねると言葉に詰まる、ということがよくあります。
3. 内面より、外の出来事に目が向きやすい
自分の気持ちや空想より、実際に起きた出来事や、やるべきことに注意が向きやすい傾向です。「今日はどうでしたか」と尋ねると、何時に何をしたかは詳しく話せるのに、そのときどう感じたかは出てこない。事実の記述は豊かなのに、感情の記述が少ない、という形になります。
どんな場面で気づかれるのでしょうか
ご自分では長らく気づかず、次のようなきっかけで意識されることが多いようです。
パートナーから「何を考えているか分からない」「冷たい」と言われた。カウンセリングや診察で気持ちを尋ねられて答えられず、戸惑った。日記を書こうとしたが、出来事しか書けなかった。周囲が感動している場面で、自分だけ何も感じていないことに気づいた。体調不良で内科を受診したが検査に異常がなく、「ストレスでは」と言われたがぴんとこなかった。
最後の一つは特に多いパターンです。感情として自覚されにくいぶん、体の不調として現れやすいという特徴があるためです。
「気持ちが分からない」ままで構いません
みなとメンタルクリニックは、JR関内駅・横浜市営地下鉄関内駅から徒歩圏、みなとみらい線馬車道駅、JR桜木町駅からもお越しいただける横浜市中区の精神科・心療内科です。土日も診療しており、当日のご予約にも対応しています。
診察では、気持ちをうまく言葉にできることを前提にしていません。「何を感じているか分かりません」というところから始めていただいて大丈夫です。体の様子や出来事からたどっていく方法がありますので、ご安心ください。
感情がないわけではありません
ここは、とても大切なところです。
失感情症の傾向がある方でも、体はきちんと反応しています。緊張する場面では心拍が上がり、汗をかき、筋肉がこわばる。悲しい出来事のあとには食欲が落ち、眠りが浅くなる。感情そのものは、身体のレベルでは確かに生じています。
難しいのは、その身体の反応を「これは不安だ」「これは怒りだ」と名づける段階です。感情は、体の反応に脳が意味づけをすることで、はじめて「気持ち」として自覚されます。その名づけの部分が働きにくい、というのが失感情症の実際です。
ですから、「自分には心がないのでは」と心配される必要はまったくありません。信号は届いているけれど、翻訳の手順が少し違う、というだけのことです。
感情鈍麻とは、どう違うのでしょうか
「気持ちが分からない」という点では似ていますが、成り立ちが違います。見分けの手がかりを挙げます。
1. いつからか
これが最大の手がかりです。
- 失感情症——もともとそうだった。子どものころからの傾向で、「変わった」という感覚がない
- 感情鈍麻——ある時期から変わった。以前は感じられていた、という実感がある
「昔からこうです」とおっしゃる場合は特性を、「以前は違いました」とおっしゃる場合は状態の変化を考えます。
2. 本人が困っているかどうか
感情鈍麻では、ご本人が「何も感じない」ことを苦痛や違和感として自覚しています。失感情症では、ご本人はそれほど困っておらず、周囲が先に気づくことが少なくありません。「言われてみればそうかもしれない」という受けとめ方になりやすいのが特徴です。
3. 何が起きているか
感情鈍麻は、感情の反応そのものが小さくなっている状態です。失感情症は、反応は起きているけれど言葉にする段階が働きにくい状態です。前者は振れ幅の問題、後者は翻訳の問題、と考えると整理しやすいと思います。
4. 体の症状を伴いやすいか
失感情症では、感情が言葉にならないぶん、頭痛、腹痛、めまい、動悸、倦怠感といった体の不調として現れやすい傾向があります。感情鈍麻では、そうした身体症状は必ずしも伴いません。
感情鈍麻の全体像は何も感じない・感情が動かないのはなぜ?(feeling-nothing)、楽しめなさとの違いは「何も感じない」と「楽しめない」はどう違う?(emotional-blunting-vs-anhedonia)をご覧ください。
背景にあるもの
もともとの傾向として
生まれ持った性質として、感情への注意の向き方が異なる方がいらっしゃいます。特別なことがあったわけではなく、単にそういう傾向がある、というだけのことです。
発達特性との関わり
自閉スペクトラム症(ASD)の特性をお持ちの方には、失感情症の傾向が重なることが比較的多いとされています。自分の感情に気づきにくいことと、他者の感情を読み取りにくいことが、同じ根から来ている場合があると考えられています。
ただし重なるだけで、同じものではありません。失感情症の傾向があるからといって発達特性があるわけではありませんし、その逆でもありません。ADHDの特性をお持ちの方では、感情が動いていることは分かるのに整理が追いつかない、という別の形の難しさが見られることもあります。
お仕事の場面での特性については、ASDと仕事(asd-work)もご参照ください。
育ってきた環境のなかで
感情を言葉にする機会が少ない環境で育つと、この傾向が強まることがあります。気持ちを表すと困った顔をされた、我慢することを求められ続けた、忙しい家庭で自分の気持ちを聞かれる場面が少なかった。そうした積み重ねで、感情に注意を向けない習慣が身につくことがあります。
これは誰かのせいという話ではありません。そのときの環境に合わせて身につけた、適応の形と考えるほうが実際に近いと思います。
一時的に強まることもあります
うつ状態、強いストレス、過労、つらい体験のあとには、もともとの傾向が一時的に強く出ることがあります。この場合は、体調が回復するにつれて元の程度に戻っていきます。
体の不調として現れやすいこと
失感情症の傾向が注目されてきた背景には、心身症との関わりがあります。
感情が言葉にならないと、ストレスが「気持ち」として処理されず、体のほうに回りやすくなります。緊張が続けば胃腸の調子が崩れ、頭痛が起こり、血圧が上がる。ご本人には心当たりがないため、内科を受診して検査を受けても異常が見つからず、原因不明のまま長引くことがあります。
逆にいえば、体の症状が、感情への入口になるということでもあります。「胃が痛くなるのは、どんな場面でしたか」とたどっていくと、そこにストレスの正体が見えてくることがよくあります。
どんなことに困りやすいか
周囲との関係では、「感情が薄い人」「冷たい人」と誤解されることがあります。実際には感じていないのではなく、表し方が違うだけなのですが、それが伝わりにくい。
ご自身の側では、しんどさに気づけないまま無理を重ねてしまう、という難しさがあります。「疲れた」「もう限界だ」という信号を感情として受け取りにくいため、倒れるまで気づかないということが起こりえます。体調を崩してはじめて振り返る、というパターンです。
医療の場面でも、症状をうまく伝えられずに困ることがあります。「どのくらいつらいですか」と聞かれても、比べる基準が自分のなかにない、ということが起こります。
どう付き合っていけばよいのでしょうか
繰り返しになりますが、「感情豊かな人にならなければ」と考える必要はありません。目指すのは、自分の状態に気づく手がかりを増やしていくことです。
体の感覚からたどってみる
気持ちを直接探すより、体から入るほうがうまくいくことが多いものです。肩がこっている、胃が重い、あごに力が入っている、眠りが浅い。そうした変化に気づいたら、「この数日、何があっただろう」と振り返ってみる。感情に名前がつかなくても、状態の変化には気づけるようになります。
出来事と体調を、記録してみる
「今日あったこと」と「体の様子」を、短くでよいので書き留めていきます。感情を書く必要はありません。続けていくと、「この種の出来事のあとは決まって胃が痛くなる」といったつながりが見えてきます。これが、自分にとっての感情の辞書になっていきます。
言葉のストックを少しずつ増やす
「嫌な感じ」を、もう少し細かく分けてみる練習も役に立ちます。急かされているのか、見下されたと感じたのか、期待に応えられないのが怖いのか。はじめは選択肢から選ぶ形でも構いません。診察のなかで、こうした言葉さがしを一緒に進めていくのが、カウンセリング的なアプローチの一つの形です。
周囲への伝え方を用意しておく
「気持ちを言葉にするのが苦手なので、時間がかかります」とあらかじめ伝えておくだけで、関係の摩擦はずいぶん減ります。責められている場面で黙ってしまうのは、反抗ではなく処理に時間がかかっているだけ、と知ってもらえると、お互いに楽になります。
限界のサインを、決めておく
「気持ち」で判断しにくいぶん、客観的な目安をあらかじめ決めておくことが有効です。睡眠時間が何時間を下回ったら、休日に起き上がれない日が続いたら、食事が進まない日が何日続いたら——といった形です。感情を頼りにしなくても、ご自分を守ることができます。
ご家族・パートナーの方へ
「どう思っているの」「何か言ってよ」と問いかけたくなるのは自然なことです。ただ、この特性のある方にとって、その問いはとても答えにくいものです。黙っているのは、拒んでいるからではなく、言葉を探している最中であることが多いのです。
お役に立ちやすいのは、次のような関わり方です。
- 「うれしい?」「困ってる?」のように、選べる形で尋ねる
- すぐの返事を求めず、時間を置いて聞いてみる
- 気持ちより、事実や体調を尋ねる(「よく眠れてる?」など)
- 言葉が少ないことを、愛情の量と結びつけない
ご家族だけでのご相談も承っています。
受診を考えてよい目安
特性そのものは、必ずしも治療の対象ではありません。ただ、次のような場合はご相談ください。
- 原因のはっきりしない体の不調が続いている
- 気づかないうちに無理を重ね、体調を崩すことが繰り返されている
- 人間関係でのすれ違いが重なり、つらくなっている
- もともとの傾向が、ある時期から明らかに強まった
- 気分の落ち込みや不眠をともなっている
気持ちを言葉にしにくい方は、しんどさが限界に近づいていても自覚しにくいことがあります。「消えてしまいたい」といった考えがふと浮かんだときは、はっきりした理由が思いつかなくても、早めにお声かけください。診察を待たずに話したいときは、次の窓口もご利用いただけます。
- こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
- よりそいホットライン:0120-279-338(24時間)
- 厚生労働省「まもろうよ こころ」(SNS相談などの窓口一覧)
- 命に関わる危険があるときは119番
診察でどう伝えればよいでしょうか
気持ちを言葉にできなくて構いません。次のような形で十分です。
- 「自分がどう感じているのか、よく分からないんです」
- 「体の調子は悪いのですが、心当たりがありません」
- 「気持ちを聞かれるのが、いちばん困ります」
- 「家族から、何を考えているか分からないと言われます」
- 「昔からこうなのか、最近そうなったのかも分かりません」
診察では、出来事や体の様子からたどっていきます。うまく答えられないことを気にされる必要はありません。
よくあるご質問
これは治るものなのでしょうか
「治す」という考え方にはなじまない性質のものです。もともとの傾向ですので、無くすというより、自分の状態に気づく手がかりを増やしていく方向で考えます。取り組みを続けると、感情の解像度が少しずつ上がっていく方が多くいらっしゃいます。
発達障害ということでしょうか
そうとは限りません。重なりやすい傾向はありますが、別のものです。発達特性のない方にも失感情症の傾向はありますし、逆もあります。気になる点があれば、診察のなかで整理していきましょう。
もともとなのか、最近そうなったのか分かりません
ご自分では判断しにくいところです。学生時代の様子、ご家族から言われてきたこと、以前は感動した経験があるかどうか——そうした手がかりから一緒にたどっていきます。分からないままお越しいただいて大丈夫です。
カウンセリングは受けたほうがよいですか
気持ちを言葉にしていく作業は、診察のなかでも少しずつ進めていけます。体の不調が続いている場合は、まずその背景を整理することを優先します。どこから始めるかは、お困りの内容によって一緒に決めていきましょう。
家族に理解してもらうには
ご家族だけでのご相談も承っています。特性についてご説明したうえで、日々の関わり方を一緒に考えることができます。
関連ページ
- 何も感じない・感情が動かないのはなぜ?(feeling-nothing)
- 「何も感じない」と「楽しめない」はどう違う?(emotional-blunting-vs-anhedonia)
- 自分が自分でない感じ・現実感がない(depersonalization-derealization)
- 抗うつ薬で感情が平坦になるとき(antidepressant-emotional-blunting)
- ASDと仕事(asd-work)
- 感情の平板化(emotional-blunting)
- 気分の落ち込みが続く(prolonged-low-mood)
- 初診の流れ・当日予約について(first-visit-guide)
この記事の監修者
田邊 陽一郎(精神保健指定医・精神科専門医・日本医師会認定産業医・難病指定医)
医療法人鴻志会 みなとメンタルクリニック 理事長。秋田大学医学部卒業後、東北での精神科救急・被災地医療、神奈川での在宅医療を経て、現職。うつ病・不安障害・睡眠障害・認知症などを中心に診療。